大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和40年(ワ)18号 判決 1974年6月07日

原告 合資会社 松前農場

右代表者代表社員 近江嘉市

右訴訟代理人弁護士 樋渡道一

被告 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

右訴訟代理人弁護士 熊谷正治

右指定代理人 宮村素之

<ほか七名>

被告 松前町

右代表者町長 坂本富雄

右指定代理人 兼平重三郎

被告(選定当事者) 田中勇治

被告(選定当事者) 中村豊太郎

主文

1  原告と被告国との間において、別表(一)1ないし4記載の土地につき、原告が所有権を有することを確認する。

2  被告国は、原告に対し右各土地を引渡せ。

3  別紙選定者目録記載の渡辺ユサエ、渡辺和雄、渡辺武己、渡辺幸子は、各自原告に対し、別表(一)7ないし35記載の土地を引渡し、かつ右各土地につき所有権移転登記手続をせよ。

4  原告の被告国、同田中勇治、同中村豊太郎に対するその余の請求および被告松前町に対する請求は、いずれも棄却する。

5  訴訟費用は、原告と被告松前町との間においては全部原告の負担とし、原告と被告国との間においては被告国に生じた費用の二分の一を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告田中勇治、同中村豊太郎との間においては各自に生じた費用は各自の負担とする。

事実

第一請求の趣旨(原告)

1  原告と被告国との間において、別表(一)1ないし4記載の土地につき、原告が所有権を有することを確認する。

2  原告に対し、別表(一)、(二)の所有名義人欄記載の者らは、それぞれ右各表当該欄記載の土地、建物を引渡し、かつ右の者のうち被告国を除くその余の者は、それぞれ右土地、建物につき所有権移転登記手続をせよ。

3  仮りに、別表(一)5ないし66記載の土地についての右請求が認容されないときは、被告国は原告に対し、金一億七五七八万三〇六〇円を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

一  被告国の本案前の答弁

請求の趣旨第三項の訴を却下する。

二  被告らの本案の答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求の原因(原告)

一  原告は、農業・農産物販売およびこれに付随する業務を目的とする合資会社であって、別表(一)、(二)記載の各土地、建物(別表(一)1記載の土地については、「本件土地1」といい、以下これにならう。)を所有していた。本件土地65は、原告が昭和一六年三月二五日前所有者から買い受け、原告代表者の娘近江共子名義に所有権移転登記をなし、昭和一七年六月二六日訴外前多安太郎に対し担保のため譲渡し、同人名義の所有権移転登記を経由したものであり、昭和二〇年九月一二日右譲渡担保の被担保債権を完済したので、原告に対し所有権移転登記がなされるべきであったが、司法書士の過誤により、仮登記がなされたものである。

本件土地64・66の所有権についての、被告らの自白の撤回には異議がある。

二  被告国は、本件各土地が旧自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第三条第一項第一号に、本件各建物が同法第一五条第一項第二号に該当するとして、昭和二三年一二月二日本件土地1ないし3と59ないし62とにつき、昭和二四年七月二日その余の本件各土地および本件各建物につき、それぞれ買収処分をした(以下「本件買収処分」という。)。

三  本件買収処分は、左記の理由で無効である。

1  北海道松前郡松前町農地委員会が樹立した本件各土地、各建物の買収計画(以下「本件買収計画」という。)には、次の瑕疵がある。

すなわち、本件買収計画樹立当時、原告は北海道松前郡字福山三〇二番地に住所を有していたから、不在地主ではない。

そして、原告は、戦時中から本件各土地の一部に植林し、一部を牧畜用として利用し、乳牛一五頭を飼育し、市乳販売の許可を受けて牛乳販売を営み、また他の一部には主として馬鈴薯を栽培する等、農耕畜産業を営んでいたところ、たまたま昭和二二年春頃原告代表社員近江嘉市が病気療養のため東京都に居住することになったので、同年八月一日から昭和三〇年一一月二一日まで、訴外松原良夫を代表社員とし、訴外亡渡辺武雄を雇用し、同人を本件各建物その他に居住させ、原告の業務を担当させていた。したがって、本件買収計画樹立当時、本件各土地は原告の自作地であった。

しかるに、松前町農地委員会は、原告が不在地主で、かつ渡辺武雄が本件各土地を小作しているものとして、本件買収計画を樹立したものである。

2  松前町農地委員会は、右の事情を知りながら違法な本件買収計画を樹立したものであるから、右瑕疵は重大かつ明白であり、本件買収計画は無効である。したがって、右買収計画に基づく本件買収処分は無効である。

3  なお、本件土地7ないし35および本件各建物については、原告と被告国との間の買収処分無効確認訴訟(一審函館地方裁判所昭和三三年(行)第二号、二審札幌高等裁判所函館支部昭和三八年(ネ)第二号)において、本件買収処分および右各土地、建物の売渡処分が無効であることを確認する旨の判決が確定している。

四  被告国は、本件土地1ないし4を除くその余の本件各土地および本件各建物につき、別表(三)のとおりそれぞれ売渡処分(以下「本件売渡処分」という。)をなし、その頃その旨の所有権移転登記がなされた。その後、本件土地5、6は被告松前町が、本件土地59は中村豊太郎が、それぞれ別表(三)記載の被売渡人から譲り受け、その旨の所有権移転登記がなされた。また、別表(三)記載の被売渡人のうち、渡辺武雄は、売渡処分の後死亡し、同人の妻である渡辺ユサエ、子である渡辺和雄、武己、幸子が武雄の財産上の地位を相続した。そして、本件各土地、建物は、別表(一)、(二)の所有名義人欄記載の者が、それぞれ占有している。

五  仮りに、本件土地5ないし66につき取得時効が完成し、原告がその所有権を喪失したものとすると、これにより原告は右各土地の価格相当の損害を受けた。右取得時効は、被告国が違法な本件買収処分を取り消し、右各土地を原告に返還すべき義務を怠ったことにより完成したものであるから、右損害は被告国の違法な本件買収処分により生じたものというべく、また本件買収処分をなすにつき被告国には故意または過失があったというべきであるから、被告国は右損害を賠償する責任がある。そして、本件土地5ないし66の三・三平方メートル(一坪)当りの時価は、本件土地10ないし12・19・20・24・25・33ないし35・63については金三、〇〇〇円、本件土地13ないし18・21・30・39・41・50ないし53については金一、〇〇〇円、本件土地7・36については金五〇〇円、本件土地5・6・54ないし62については金一、五〇〇円、本件土地64ないし66については金八、〇〇〇円、その余の各土地については金五、〇〇〇円で、本件土地5ないし66の時価は総額金一億七五七八万三〇六〇円であるところ、諸物価高騰の状況からみて、本件買収処分時、取得時効完成時、取得時効援用時のいずれにおいても、右各土地の価格が騰貴することが予見しえたから、被告国は右の時価を賠償しなければならない。

六  よって、原告は、被告国との間において本件土地1ないし4が原告の所有に属することの確認を、所有権に基づき別表(一)、(二)所有名義人欄記載の者に対しそれぞれ右各表当該欄記載の土地、建物の引渡、および右の者のうち被告国を除くその余の者に対し、右各土地、建物につき所有権移転登記手続を求め、予備的請求として被告国に対し不法行為による損害賠償として金一億七五七八万三〇六〇円の支払を求める。

七  被告国は、「原告の被告に対する損害賠償請求は、主観的予備的併合で不適法である」旨主張するが、右請求は、特に本件審理を複雑困難ならしめるものではなく、被告国にとっても何らその地位の不安定不利益を強いるものではないから、不適法ではない。

第四本案前の主張(被告国)

原告の被告国に対する本件各土地所有権喪失による損害賠償請求は、被告松前町、同中村、同田中主張の取得時効が認められ、同被告らに対する請求が排斥されたとき、はじめて主張しうるもので、いわゆる主観的予備的併合であるから、不適法として却下されるべきである。

第五請求の原因に対する答弁(被告ら)

一  請求原因一の事実のうち、本件土地64ないし66、本件各建物が原告の所有であったこと、本件土地65の取得原因に関する事実は否認するが、その余の事実は認める。

本件土地65は、訴外前多安太郎の所有するものであった。また、本件土地64・66、本件各建物については、はじめ原告の所有であったことを認めたが、それは真実に反し、錯誤に基づくものであるから、自白を撤回し、否認する。右各土地、建物は、訴外近江殖産合名会社の所有するものであった。

二  請求原因二の事実のうち、本件各土地についての買収処分が、自創法第三条第一項第一号に基づきなされたことは否認するが、その余の事実は認める。本件土地7ないし35のうち農地は自創法第三条第五項第三号、牧野は同法第四〇条の二第四項第五号、その余の本件各土地は同法第三条第五項第四号に基づき買収したものである。なお、本件土地65は登記名義人前多安太郎から買収したものであるが、仮りに右土地が原告の所有するものであったとしても、そのことのみから、本件買収処分が無効であるとはいえない。

三1  (被告国)

請求原因三の事実のうち、本件土地7ないし35および本件各建物についての本件買収処分が無効であること、原告が、原告主張の場所に本店の登記を有し、本件土地7ないし35において放牧・耕作をしていたこと、原告代表者が交替したこと、原告主張のとおり買収・売渡の無効確認判決が確定したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

2  (被告松前町、同中村、同田中)

請求原因三の事実の認否は、本件土地7ないし35についての本件買収処分が無効であることを争うほか、被告国の認否と同じである。

3  (被告ら)

(一) 原告の前身である合資会社近江農場は、昭和一三年一二月一五日農業・農産物販売等の業務を目的とし、本店所在地を亀田郡亀田村字桔梗一九一番地と定めて設立されたが、その所有する農地が不在地主の農地として買収されるのをおそれたためか、昭和二〇年一二月二六日本店所在地の登記を現肩書地に変更し、昭和二一年四月一日商号を現在の名称に変更したものである。

そして、原告は、前記設立の目的を遂行する意思はなく、本件各土地等を他に売却して利益を得ようとする土地ブローカー的存在であって、真の農業法人ではなく、また現肩書地に原告の事務所が存在したこともなく、その所有する農地の大半を他に小作させ、昭和二一、二年ごろまで本件各土地を放置していた。

(二) そこで、松前町農地委員会は、右のような原告の実体からみて、本件各土地、建物が、前記の自創法の規定に該当するものと認めて買収計画を樹立し、これを公示、縦覧に供したが、異議・訴願等がなかったので、本件買収処分がなされたものである。

(三) 仮りに、本件土地1ないし6・36ないし66の買収処分が原告主張のとおり自創法第三条第一項第一号に基づきなされたとしても、本件買収処分は無効ではない。

すなわち、前記のとおり、原告は農業経営を真の目的とするものではなく、また、会社組織の実体はなく、右各土地は実質上原告代表者個人が所有しているものと差異はないうえ、事務所、原告代表者が松前町に在町しなかったことからみると、たまたま登記簿上原告の本店が松前町に存在するように記載されていたからといって、本件買収処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいいえない。

さらに、右各土地は、遅くとも昭和二〇年以来、別表(三)記載の被売渡人らが、原告から直接あるいは原告から無償で借り受けた松前町からさらに借り受けていた小作農地である。仮りに本件買収処分時に右の貸借関係が消滅していたとしても、消滅後も貸借の当事者が何らの意思表示をせずに引き続き耕作を続けていたものであるから、小作関係が継続しているような外観があり、本件買収処分の瑕疵が明白であるとはいえない。

(四) 本件土地1ないし6・36ないし66につきなされた本件買収処分が自創法第三条第一項第一号に基づくもので、かつ原告が肩書地に住所を有していたとしても、本件買収処分は同条第一項第三号の買収処分として効力が維持されるものである。すなわち、原告は本件7ないし35において自作経営していたものであるが、松前町の場合自創法第三条第三項の規定により、同条第一項第三号に定められた面積に代るべき面積が一町四反と定められていたところ(公知の事実である。)、本件土地7ないし35の面積が右面積を超えることは明らかであり、前記のとおり小作地であった本件土地1ないし6・36ないし66が買収されるべきものであることも明確であるから、行政処分の転換として、本件買収処分の効力が維持されるべきである。

なかんづく、松前町農地委員会は、本件各土地の買収につき、数回にわたる検討の結果、いかなる角度からみても買収の対象となると判断し、原告と折衝を重ねた後買収計画を定めたもので、自創法第三条第一項第一号による買収が不能であるならば、同条第一項第三号で買収したことは疑いなく、さればこそ原告は異議・訴願等を行わなかったものである。また、右第一項第一号と同項第三号の転換については、同条第五項のごとく市町村農地委員会が自作農の創設上、政府において買収することを相当とする旨の認定をする必要がなく、さらに同条第五項各号間におけるごとく各号間の事項について勘案することもなく、法律上当然に買収しなくてはならないものであり、かつ買収の結果売り渡すべき者にも何ら差異がないから、前記第一号と第三号の各買収処分には、処分の同一性があり、転換が許されるべきである。

四  請求原因四の事実は認める。

五  請求原因五の事実は否認する。

1  原告の所有権喪失と本件買収処分との間には、相当因果関係がない。すなわち、原告が本件各土地の所有権を喪失したのは、原告が一〇年間以上も土地明渡訴訟等の時効中断の手段をとらないまま放置し、かつ現占有者が取得時効を援用したことに起因するものであり、このようなことは本件買収処分当時とうてい予見しえなかったから、原告の所有権喪失と本件買収処分との間には相当因果関係が存在しないというべきである。

2  本件買収処分当時においては、農地の価格の最高限度は、原則として自創法による農地の買収対価と同額に法定され、その額を超えて契約し、支払いまたは受領することができなかったものであり(農地調整法第六条の二、昭和二一年農林省告示第一四号、自創法第六条第三項)、この制限が解かれたのは昭和二七年一〇月二一日であり(農地法施行法、昭和二七年政令第四四四号)、また農地の転用・転売も制限されていたから、本件買収処分当時、本件各土地の価格が将来において騰貴して原告主張のような価格になることは、全く予見しえなかった。したがって、被告国が所有権喪失による損害を賠償すべき責任があるとしても、賠償すべき価額は、本件買収処分当時の本件各土地の農地調整法第六条の二による農地としての価格、すなわち自創法による本件各土地の買収対価であるというべきである。そして、本件買収処分当時、被告国は原告に対し、本件各土地、建物の買収対価として合計金一九、一九四円を支払い、原告はこれを受領しているから、被告国に賠償義務はない。

3  被告国が昭和四四年一二月一五日に行なった価格調査によると、本件各土地のうち字名「愛宕」の畑は反当り金一五、三〇〇円、採草地・原野は反当り金四、六六七円、字名「豊岡」の土地は反当り金九、〇〇〇円である。

第六抗弁(被告ら)

一  (被告松前町、同中村、同田中)

1  別表(三)記載の被売渡人らは、同表記載の売渡通知書記載の日から、所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失で、それぞれ同表記載の土地、建物の占有を開始した。そして、本件土地5・6につき被告松前町は高橋正吉、若山幸次郎の占有をそれぞれ承継し、本件土地59につき中村豊太郎は新山由蔵の占有を承継し、本件土地7ないし35、本件各建物につき渡辺ユサエ、和雄、武己、幸子の四名は渡辺武雄の占有を相続により承継し、その余の同表記載の各土地につき被売渡人らが占有を継続し、同表記載の時効完成時に一〇年の経過により取得時効が完成した。被告松前町、同中村、同田中は、昭和四〇年六月四日の本件準備手続期日において、右取得時効を援用した。

2  原告は、「渡辺武雄を除く被売渡人らは、自創法上農地の売渡を受ける適格がなかったから、占有の開始において善意、無過失であったとはいえない」旨主張する。しかし、松前町においては、耕地面積は戸数に比較して僅少であって、専業農家でなければ被売渡適格がないとすると、被売渡適格者はほとんど存在しないことになるから、専業農家でなければ被売渡適格がないとはいえない。また、売渡処分のあった昭和二四、五年は、全国的に食糧難にあえいでおり、被売渡人らも、本業よりもむしろ食糧確保のため躍起となっていたから、当然被売渡適格を有するものと信じていた。さらに、本件各土地、建物は被告国から行政処分によって売渡されたものであるから、被売渡人らとしては、処分の適法性に疑いを抱かなかったし、そう信じることにも過失はないというべきである。

二  (被告国)

1  被告国の原告に対する損害賠償義務は、別表(三)記載の時効完成時期から三年を経過した時に時効により消滅したので、被告国は、昭和四九年二月八日本件口頭弁論期日において右時効を援用した。すなわち、本件各土地についての取得時効は、別表(三)記載の時効完成時期に完成したものであるが、もし右取得時効の援用時に被告国の不法行為が成立したものとすると、違法行為がなされてから何十年経過しても取得時効が援用されない限り不法行為責任の追及が可能になり、民法第七二四条の趣旨が没却される事態が生ずることがあるのみならず、違法行為と所有権喪失との間に相当因果関係がないことになるから、前記取得時効完成の日に被告国の不法行為が成立したというべきである。そして、原告は、右の日より先の昭和三三年六月二日本件土地7ないし35につき、買収処分無効確認訴訟を提起しており、遅くともその時までに加害者および本件買収処分の違法性を知ったものであるところ、本訴が提起されたのは昭和四〇年一月九日であるから、原告の損害賠償請求権は時効により消滅したものである。

2  本件買収処分当時の原告の代表社員松原良夫は、本件買収計画が樹立されたこと、これに対する不服申立手段があることを知りながら、何ら不服申立の手段をとらなかった。また、その後原告の代表社員となった近江嘉市は昭和三三年六月本件土地7ないし35、本件各建物につき被告国に対し買収処分無効確認の訴を提起したのみで、本件各土地、建物の占有者に対し所有権の取得時効の中断の手段をとらないまま、取得時効を完成させた。したがって、仮りに被告国が原告に対し損害賠償責任が肯定されるとしても、右の事情は、原告の過失として、損害賠償額の算定上斟酌されるべきである。

第七抗弁に対する答弁(原告)

一1  抗弁一、1事実のうち、被売渡人らが占有の始、善意、無過失であったことは否認するが、占有が所有の意思をもって、平穏、公然になされたことは認める。

同2の事実は否認する。

2  渡辺武雄は、原告に雇用されていた者であるにもかかわらず、松前町農地委員会に対し小作人であると虚偽の申立をしたものである。その余の被売渡人らは、農地所有者でも農業経営者でもないので農地の売渡を受ける適格がないにもかかわらず、これを知りながら、または少くとも過失によって知らないで、被告国と共謀して本件各土地の売渡を受けたものである。したがって、被売渡人らは、占有の始、悪意であったか、少くとも過失があるというべきである。

3  被売渡人らは、松前町農業委員会から、北海道農地開拓部長作成の昭和三二年一〇月二六日付「農地買収処分の取消陳情について」と題する書面(甲第八号証の二)を伝達され、また、本件土地7ないし35、本件各建物についての前記買収処分無効確認訴訟の判決を新聞報道等により知っていたから、被売渡人らは、その時点から悪意または少くとも過失により、占有しているものである。

二1  抗弁二、1の事実は否認する。原告が、被告国の違法行為を知ったのは、前記買収処分無効確認訴訟の判決が確定した昭和三九年六月一三日である。

2  抗弁二、2の事実のうち、原告代表者松原良夫が本件買収計画に対し不服申立の手段を講じなかったこと、原告代表者近江嘉市が取得時効中断の措置をとらなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

松原良夫は、農地買収関係法規をしらなかったため、不服申立の手続をとらなかったものであるが、当時の世情からみれば、右の手続をとらなかったことはやむを得なかったもので、これをもって原告の過失ということはできない。

また、近江嘉市は、病気療養のため東京都に居住していたものであるが、昭和二八年頃帰道するとともに、直ちに北海道庁、行政監察局に対し本件買収・売渡処分の取消を求め、その結果被告国は、本件買収・売渡処分が違法であることを認めたものである。ところが、被告国は、なんら適切な措置をとらないので、原告は前記無効確認訴訟を提起したものである。右訴訟において本件土地7ないし35、本件各建物のみを対象にしたのは、渡辺武雄以外の被売渡人らの住所、氏名等が判明しなかったためである。そして、右訴訟において被告国は不当な主張をしてこれを争ったが、被告国としては、右訴提起の時点で、その非を認めて原告に所有権喪失の損害を蒙らせないよう適切な措置を講ずべきものであったから、原告にはなんら過失はない。

第八証拠≪省略≫

理由

第一本件各土地・建物の所有権確認・引渡・所有権移転登記手続請求について

一  本件各土地・建物の所有権

本件土地1ないし63がもと原告の所有にかかるものであったことは当事者間に争いがない。

原告が本件土地65を所有していたことを認めるに足りる証拠はない。

本件土地64・66および本件各建物については、被告らは初め原告の所有であったことを認めた。しかし、≪証拠省略≫を総合すると、本件土地64・65は本件買収処分当時訴外近江殖産合名会社が所有していたこと、本件各建物は、もと本件土地64ないし66付近に所在し、右近江殖産合名会社が所有していたもので、昭和二三年ごろ現在地に移転されたものであること(本件買収処分後に原告名義に所有権保存登記がなされたこと)が認められる。右認定の事実によると、前記被告らの自白は真実に反したものであり、他に特段の事情が認められない以上、錯誤によるものと認められるから、被告らの自白の撤回は許されるというべきである。したがって、本件土地64・66、本件各建物が原告の所有であったことは、証明がないことに帰する。

右のとおりであるから、本件土地64ないし66、本件各建物に関する原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、すべて理由がなく、棄却すべきである。

二  本件土地1ないし63の買収原因

1  本件土地1ないし3・59ないし62につき昭和二三年一二月二日、本件土地4ないし58・63につき昭和二四年七月二日、それぞれ本件買収処分がなされたことは当事者間に争いがない。そこで、右各土地についての本件買収処分が自創法上いかなる根拠に基づきなされたかを検討する。

2  ≪証拠省略≫によると、本件土地4ないし58についての買収計画案は昭和二四年六月四日松前町農地委員会で審議されたこと、その際提出された議案第一号の農地買収計画案添付の一覧表の「土地の表示」欄に本件土地4ないし30・36ないし58(一部は分筆登記前の地番で記載されている。以下、特に指摘しないが、同趣旨である。)を含む土地が記載され、「法三条一項各号該当者」欄にはなんら記載がないこと、「所有者住所」欄には、僅少の者につき松前町内の地名が記載されているほか、大部分は松前町以外の地名が記載されているか「不明」と記載されているが、原告についてはなんら記載がないこと、議案第六号の牧野買収計画案添付の一覧表の「土地の表示」欄には本件土地31ないし35の土地が記載され、原告の住所欄には記載がないこと、右両議案が原案どおり可決されたことが認められる。

3  ≪証拠省略≫によると、松前町農地委員会作成の農地買収計画書第一二号には、本件土地4ないし30・36ないし58を含む土地が記載され、その面積が集計されて同計画書中の「農地区分表」の「法第三条第一項第一号」欄に記載されていること、右本件各土地につき「所有者住所氏名又は名称」欄には「函館市杉並町合資会社松前農場代表社員松原良夫」と記載されていること、同じく松前町農地委員会作成の牧野買収計画書第一二号には、本件土地31ないし35を含む土地が記載され、その「所有者住所氏名又は名称」欄には、「函館市杉並町代表社員松原良夫松前農場」と記載されていること、右各買収計画書が北海道庁に送付されていることが認められる。

4  ≪証拠省略≫によると、本件土地1ないし3・59ないし62の買収令書には、「自創法第三条および第一五条の規定による買収を行う」旨記載され、同令書添付の表の「所有者住所氏名又は名称」欄には「函館市杉並町一六四番地代表社員松原良夫松前農場」と記載されていること、本件土地4ないし30・36ないし58・63の各買収令書には「自創法第三条および第一五条の規定による買収を行う」旨記載され、同各令書添付の表の「所有者住所氏名又は名称」欄には「函館市杉並町合資会社松前農場代表社員松原良夫」と記載されていること、本件土地31ないし35の買収令書には「自創法第四〇条の二の規定による買収を行う」旨記載され、同令書添付の表の「所有者住所氏名又は名称」欄には「函館市杉並町代表社員松原良夫松前農場」と記載されていることが認められる。

5  ≪証拠省略≫によると、本件土地4ないし58の買収対価として現金および農地証券が受取人の住所不明を理由として函館地方法務局に供託されていること、当該各供託書には農地所有者元住所として「函館市杉並町」と記載されていることが認められる。

6  ≪証拠省略≫によると、昭和三一年九月頃北海道渡島支庁農務課農地係員佐藤富、北海道農地開拓部農地課員中井一朝は、本件買収処分当時の松前町農地委員らから事情を聴取する等の調査をした結果、本件各土地は自創法第三条第一項第一号により買収されたものと判断し、これを北海道庁に報告したこと、北海道農地開拓部長は、昭和三二年一〇月松前町農業委員会長に対し、渡辺武雄は原告の使用人であって小作人ではなかったから、本件土地7ないし35を自創法第三条第一項第一号、第一五条第一項第二号の規定により買収したのは違法であり、本件買収・売渡処分の取消手続を行うべき旨、およびその余の本件各土地(但し本件土地65を除く。)は、被売渡人らが賃貸借又は使用貸借により耕作していた小作地であり、自創法第三条第一項第二・三号に該当するから、自創法第三条第一項第一号の規定により買収したことは重大な瑕疵ではない旨を通知したことが認められる。

7  右2ないし6認定の各事実に≪証拠省略≫を総合すると、本件土地1ないし30・36ないし63は自創法第三条第一項第一号に、本件土地31ないし35は同法第四〇条の二第一項第一号に、それぞれ該当するものとして本件買収計画が樹立され、これに基づき本件買収処分がなされたものと認められる。≪証拠判断省略≫

三  本件土地1ないし63の買収・売渡処分の効力

1  原告の住所につき検討するに、本件買収計画が樹立された当時、商業登記簿上原告の本店所在地が「松前町字福山三〇二番地」と記載されていたことは、当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫を総合すると、昭和二一年頃まで右登記簿上の住所に原告の事務所たる本件建物1があり管理人が置かれていたこと、渡辺武雄は、その頃から原告に雇用されて本件土地7ないし35で耕作・放牧を行っていたが、昭和二二年春頃から松前町愛宕一六五番地に移転された本件建物1に居住し、原告の代表社員松原良夫から原告の農業経営業務一切を委任され、これを管理していたことが認められる。右の各事実によると、原告は、本件買収計画樹立当時、松前町内に住所を有していたものというべきである。

2  次に、本件買収計画樹立当時の小作関係につき検討する。

(一) 本件土地1ないし4(字名豊岡)は、本件買収処分後何人にも売渡されず、被告国に保有されていること(この事実は当事者間に争いがない。)、本件訴訟において被告国が右各土地の耕作者につき全く主張・立証していないこと、および次段認定の事実を総合すると、なんら小作関係が存在しなかったものと認められる。

(二) 本件土地5・6・54ないし63(字名豊岡)については、≪証拠省略≫によると、右各土地は終戦当時笹籔であったが、昭和二一年頃から右各土地の被売渡人らが耕作を始めたこと、同人らは右各土地の所有者を知らなかったし、小作料を支払ったこともないこと、同人らのうち大部分の者は松前町役場吏員から食料難または不在地主の所有地であること等を理由に右各土地を使用してよいと言われたこと、その余の者は誰にも耕作の許可を得なかったこと、終戦頃松前町長は原告に対し原告所有地の一時耕作につき「協定書」を送付したが、右書面には字名豊岡の土地は言及されていないこと、が認められる。右認定の事実を総合すると、本件土地5・6・54ないし63は同土地の被売渡人らが正当な権限に基づかずに耕作していたものと認められる。

(三) 本件土地7ないし35については、原告が耕作・放牧していたことは当事者間に争いがないから、原告の自作地・自作牧野である。

(四) 本件土地36ないし53(字名愛宕)につき検討するに、≪証拠省略≫によると、本件土地36・40・41・45ないし53の被売渡人らは、同土地を原告代表者近江嘉市の叔父で本件各土地の管理を原告から委ねられていた訴外近江三次郎から、または原告の管理人であった渡辺武雄から小作料として労役等を提供する条件で借り受け、小作耕作していたこと(渡辺武雄が右貸付の権限を有していたことは、右1認定の事実から推認される。)、が認められる。本件土地37ないし39・42ないし44の小作関係については明確な証拠がないが、右認定の事実と同土地は他の字名愛宕の土地と隣接し、一個の農場を構成していること(この事実は検証の結果により認める。)、右各土地が別表(三)記載の被売渡人らに売渡されていること(この事実は当事者間に争いがない。)を併せ考えると、右被売渡人らが近江三次郎または渡辺武雄から借り受け、小作耕作していたものと推認される。

3  右1・2の各事実によると、本件土地1ないし35・54ないし63についての本件買収計画は、原告が松前町内に住所を有するにもかかわらず、不在地主とした点、および右各土地が小作地・小作牧野でないにもかかわらず、小作地・小作牧野であるとした点において瑕疵があるというべきである。そして、右各瑕疵は農地買収処分の基本的要件に関するものであるから重大な瑕疵というべきである。また、右各瑕疵は、前記1・2の各事実から考えると、その存在が、若干の調査により容易に確定しうべき性質のものである。さらに、≪証拠省略≫を総合すると、松前町農地委員会においても、原告が松前町内に事務所、管理人を有し、前記各土地が小作地でないことを知っていたものと認められる。したがって、前記各瑕疵は、外観上明白な瑕疵といいうるものである。

以上のとおりであるから、本件土地1ないし35・54ないし63に関する本件買収計画には、重大明白な瑕疵が存在し、無効というべきであり、したがって、これに基づく本件買収・売渡処分もまた無効といわざるを得ない。

なお、被告らは、「本件土地1ないし6・54ないし63についての本件買収処分は自創法第三条第一項第三号による買収処分として効力が維持されるべきである」旨主張するが、前記2認定のとおり右各土地は小作地ではなかったから、被告らの主張は前提を欠き失当である。

4  本件土地36ないし53についての本件買収計画は、前記1ないし3認定のとおり、原告が松前町内に住所を有するにもかかわらず、不在地主とした点において重大明白な瑕疵があり、したがって、右各土地に関する本件買収処分にも同様の瑕疵があると解すべきである。

被告らは、「右各土地の本件買収処分は、行政処分転換の法理により、自創法第三条第一項第三号による買収処分として、効力が維持されるべきである」旨主張するので、これにつき検討する。まず、右各土地が小作地であったことは、前記2判示のとおりである。また、前記二、2、3認定の用に供した各証拠によると、原告が耕作・放牧していたことにつき当事者間に争いのない本件土地7ないし35のうち、本件土地7ないし30は農地、本件土地31ないし35は牧野と認められるところ、自作地たる本件土地7ないし30の面積がそれぞれ別表(一)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、その合計面積が一二町歩を超えることは計算上明らかである。したがって、原告は松前町内に一二町歩を超える自作地のほかに小作地たる本件土地36ないし53を所有していたことになるから、同土地はすべて自創法第三条第一項第三号による買収適格地である(被告らは、松前町については自創法第三条第一項第三号所定の面積が同条第三項の規定に基づき一町四反と定められていた旨主張するが、右事実は公知の事実とはいいえないし、右事実を認定するに足りる証拠もない。)。そして、自創法第三条第一項第一号の買収処分と同項第三号の買収処分とを比較すると、両者はいずれも、買収対象地を小作地とし、同条第五項各号の買収処分とは異り農地委員会の買収相当の認定を必要とせず、買収が必要的であり、また被買収小作地の売渡を受けるべき者を当該小作地の小作農としているから(自創法第一六条第一項、同法施行令第一七条第一項第一号)、両買収処分の間には、買収処分としての同一性があると解するのを相当とする。したがって、本件土地36ないし53の本件買収処分は、自創法第三条第一項第一号の買収処分としては重大明白な瑕疵があるが、同項第三号の買収処分としては効力を維持することが許されるから、無効と断ずることはできないというべきである。

右のとおりであるから、本件土地36ないし53に関する原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、すべて理由がなく、棄却すべきである。

四  本件土地5ないし35・54ないし63の取得時効

1  本件土地5ないし35・54ないし63が被告国から別表(三)記載の被売渡人らに対し同表記載の売渡通知書交付の日にそれぞれ売渡されたこと、その後本件土地5・6が被告松前町に、本件土地59が中村豊太郎に譲渡されたこと、渡辺武雄が死亡して渡辺ユサエ、和雄、武己、幸子の四名が武雄を相続したこと、現在別表(三)記載の現占有者が占有していることは当事者間に争いがない。右被売渡人らが売渡通知書交付の日から右各土地の占有を開始し、被告ら主張のとおり占有が承継されて占有が一〇年間継続したことについては、原告は明らかに争わないから自白したものとみなされる。

ところで、民法第一六二条第二項の取得時効の要件たる無過失およびその障害事由たる悪意は、占有の始に存在すれば足りるから、前記各土地の取得時効については、被売渡人らが売渡通知書交付のときに無過失、悪意であったか否かを判断すべきである。そして、被売渡人らが悪意であったことを認めるに足りる証拠はないところ、前記のとおり、被売渡人らは、自己の耕作する前記各土地を自創法に基づき被告国から売渡されたものであるから、売渡によって自己が所有者になったと信じるのは当然であって、特別の事情のないかぎり所有者であると信じるにつき過失があると認めることはできないというべきである。そこで、以下被売渡人らにつき右の特別の事情の有無を検討することとする。

2  本件土地5・6・54ないし63(字名豊岡)につき検討するに、前記三、2、(二)認定のとおり右各土地の被売渡人らはいずれも無権限で右各土地を耕作していたものであるが、他方右被売渡人らの大部分は松前町役場吏員から耕作を許可されており、また前記三、2、(二)認定の用に供した各証拠によると、被売渡人らは格別法律知識を有するものではなく、売渡代金も支払っていることが認められる。したがって、本件買収・売渡処分当時の混乱した世情をも併せ考えると、被売渡人らの耕作が無権限であったことのみをもって、前記無過失の推認を妨げるべき特別の事情とはいいがたいし、他に右特別の事情を認めるに足りる証拠もない。

なお、原告は、「被売渡人らは自創法による売渡を受ける適格がなかったから、無過失とはいえない」旨主張し、前掲各証拠によると、被売渡人らが専業農家ではなく、その保有する農地も多い者で約三反歩程度であったことが認められる。しかし、右の事実があるからといって、当然には被売渡人らに売渡を受ける適格がなかったとはいいえないし、前記の事情のもとにおいては、被売渡人らが無過失であると判断することの妨げにはならないと解すべきである。

したがって、右被売渡人らは、占有の始、無過失であったというべきところ、昭和四〇年一月一九日本訴が提起され、被告松前町、同中村、同田中が本件準備手続期日において右取得時効を援用したことは訴訟上明らかであるから、同被告らのこの点に関する抗弁は理由がある。

右のとおり一〇年間の取得時効が完成しているのであるから、原告の被告松前町、同中村、同田中に対する本件土地5・6・54ないし63に関する請求は、すべて理由がなく、棄却すべきである。

3  つぎに、本件土地7ないし35(字名愛宕)につき検討するに、≪証拠省略≫、前記二認定の本件土地7ないし35が自創法第三条第一項第一号、第四〇条の二第一項第一号により買収された事実を総合すると、次の事実が認められる。

すなわち、右各土地の被売渡人たる渡辺武雄は、原告に雇用され右各土地で耕作・放牧に従事していたが、昭和二一年春頃から松前町愛宕一六五番地(本件土地12)に居住し、原告の農業経営を管理し、昭和二三年五月頃まで原告から給与を受領していたもので、自己が原告の使用人であって、小作人ではなかったことを知悉していた。渡辺武雄は、本件買収処分前、原告代表社員松原良夫に対し、「このままでは右各土地が買収され、第三者に売渡されるから、自分に売渡されるように配慮してくれれば、後で返還する」旨申し入れるとともに、松前町農地委員を歴訪して自己に右各土地を売渡すよう運動し、小作人として買収の申込をした。そして、松原良夫は、昭和二五年三月、松前町農地委員会に対し、「本件各土地買収の際は渡辺武雄に売渡されたい」旨の手紙を送付した。また、当時渡辺武雄は、松前町内に小作地・自作地を保有していなかった。

以上のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫右認定の事実に照らすと、渡辺武雄は、本件土地7ないし35の買収・売渡処分が瑕疵により無効とされ、自己が右各土地の所有権を取得しえないことを容易に知り得たもので、同人には前記無過失の推認を妨げる特別の事情があると解するのを相当とする。したがって、渡辺武雄は右各土地の占有の始自己が所有者であると信じるにつき過失がなかったとはいいがたいから、一〇年間の取得時効の抗弁は理由がなく、失当である。

五  結論

1  前記一ないし三判示のとおり、本件土地1ないし4は原告の所有するものであるところ、被告国が右各土地を占有していることは当事者間に争いがなく、同被告が原告の所有権を争っていることは訴訟上明らかであるから、原告の右各土地についての所有権確認および引渡請求は理由があり、認容すべきである。

2  前記一ないし四判示のとおり、原告は本件土地7ないし35を所有し、渡辺武雄の相続人たる渡辺ユサエ、和雄、武己、幸子は右各土地を占有しているところ、右各土地につき渡辺武雄名義に所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがないから、原告の右各土地の引渡および所有権移転登記手続請求は理由があり、認容すべきである。

3  原告の被告松前町に対する請求および被告中村、同田中に対するその余の請求は、前記一ないし四の判示から明らかなとおり、すべて理由がないから棄却すべきである。

第二被告国に対する損害賠償請求について

一  訴の主観的予備的併合の適否

原告の被告国に対する損害賠償請求は、原告のその余の被告らに対する請求が、同被告らの取得時効の抗弁により棄却されることを前提としているから、いわゆる訴の主観的予備的併合に該当する。そして、訴の主観的予備的併合は、共同訴訟人独立の原則の関係から訴訟終了まで複数の被告間で統一的裁判を確保できる保障がないにもかかわらず、予備的被告に訴訟の当初から終始口頭弁論に関与しなければならず、かつ主位的被告に対する請求が認容されれば自己に有利な判決を求められないという不利益を強いるものであるから、原則として不適法と解される。しかし、統一的裁判確保の保障がないことは、原告が主位的請求の訴で敗訴した後に予備的請求を別訴で提起した場合においても同様であるから、訴の主観的予備的併合において、予備的被告が右の訴訟形態で審理されることに同意し、自己の訴訟上の地位の不安定・不利益を甘んじて受ける場合には、訴の主観的予備的併合を不適法と解すべきではない。また、予備的被告が同意しない場合であっても、予備的被告に信義則上これと同視しうべき事情または訴訟上の地位の不安定・不利益を受忍すべき事情があるときは、不適法ではないと解すべきである。

右の見地から本件訴訟の経過を検討すると、記録上次の事実が明らかである。すなわち、当初原告は被告国に対し本件各土地・建物全部の返還等とともに、返還不能の場合の填補賠償を求め、被告国は全面的にこれに応訴していたところ、最終準備手続期日において原告の申立・主張が整理されて、被告国に対し、本件土地1ないし4の引渡等のほかに、主観的予備的併合の形態で損害賠償を求める趣旨が明確になり、これに対し被告国は「主観的予備的併合で不適法である」旨主張したものである。ところが、被告国は、同期日以降の各口頭弁論期日において、前記損害賠償請求に関して、本件各土地・建物の価額についての立証とともに、右請求の請求原因事実を構成する本件各土地・建物の取得時効の立証を積極的に行い、被告松前町、同田中、同中村は、取得時効の立証を全面的に被告国に委ねている(取得時効立証のため、被告国は、書証を提出し、証人尋問を申請してその費用を負担し、証人に対する尋問を行ったが、被告松前町、同田中、同中村は、書証を提出し、証人尋問申請を行ったにすぎない。)。

右の訴訟経過からみると、被告国は、訴の主観的予備的併合による不利益を容認しているものと解するほかはないし、訴訟の現段階においては、右の訴訟形態による新らたな不利益は殆んどないともいいうる。したがって、被告国は、信義則上もはや主観的予備的併合が不適法である旨主張しえないと解するのを相当とする。

二  被告国の不法行為

1  前記第一判示のとおり、本件土地64ないし66、本件各建物は原告の所有していたものではなく、本件土地36ないし53に関する本件買収処分は違法であるとはいいえないから、右各土地・建物に関する請求は、すべて理由がなく、棄却すべきである(なお、本件土地1ないし4、7ないし35については、原告は第一次請求で勝訴しているから、これに関する損害賠償請求は審判の対象ではない。)。

2  本件土地5・6・54ないし63に関する請求につき検討するに、被告国は、前記第一判示のとおり、違法な本件買収・売渡処分を行い、これに基づき別表(三)記載の被売渡人らの取得時効を完成させ、原告の右各土地の所有権を喪失させたものであるところ、前記第一判示の事実に照らすと、違法な本件買収・売渡処分を行った公務員には少くとも過失があったものと認められる。

被告国は、「原告の所有権喪失は被売渡人らの取得時効の援用に起因し、かつ原告が時効中断の手段をとらず、取得時効が援用される事態が発生することは、本件買収処分当時予想しえなかったから、本件買収処分と原告の所有権喪失との間には相当因果関係がない」旨主張する。しかし、被買収者が法の不知または事実上の障害により取得時効中断の措置をとらないことは買収処分当時通常予見しうるところであるし、また被売渡人は所有権を取得することを目的に売渡を受けるのであるから、占有を継続し、取得時効を援用するであろうことも買収処分当時容易に予見しえたものといわねばならない。したがって、被告国の右主張は失当であり、原告は、被告国に対し、本件土地5・6・54ないし63の所有権喪失による損害賠償請求権を取得したものである。

三  消滅時効

1  前記第一、四判示のとおり、本件土地5・6・54ないし63についての取得時効は、別表(三)記載の売渡通知書交付の日から一〇年を経過した同表記載の時効完成の日にそれぞれ完成したものというべきである。そして、取得時効の効果は時効の援用によって確定するものであるが、時効期間経過後は何時でも援用が可能であるし、原告においても被売渡人らが時効を援用するか否かを容易に確認しうるから、右取得時効完成の日に所有権喪失による損害が発生したと解するのを相当とする(取得時効の援用があったときに、はじめて損害が発生すると解すると、取得時効の援用がないかぎり損害賠償請求権の消滅時効が進行しないことになって民法第七二四条の趣旨にそわないし、時効取得者は、訴を提起された場合を除くほか、積極的に取得時効を援用しないのが通例であるから、当事者間の公平に反することとなる。)。

2  ≪証拠省略≫に前記第一、三、2認定の事実を総合すると、北海道農地開拓部長は、原告および松前町農業委員会長に対し、「本件土地7ないし35・65、本件各建物につき自創法第三条第一項第一号、第一五条第一項第二号に基づきなした本件買収処分は無効であるから取り消されるべきであり、その余の本件各土地は小作地であったもので、自創法第三条第一項第二、三号に該当するから、同項第一号に基づき行った本件買収処分は無効ではない」旨指示・通知したこと、しかし、本件土地5・6・54ないし63にはなんら小作関係は存在せず、この事実は原告代表者も知悉していたこと、原告は昭和三三年に弁護士を代理人として本件土地7ないし35、本件各建物に関する本件買収・売渡処分の無効確認訴訟を提訴したことが認められる。右認定の事実によると、原告は別表(三)記載の取得時効完成時期までに、本件買収処分の違法性と所有権喪失の損害の発生を知ったものと推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、原告が本件訴を提起した昭和四〇年一月一九日には、右の違法行為と損害の発生を知った日から三年を経過していたところ、被告国は本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用した。したがって、原告の損害賠償請求権は時効により消滅したというべきであるから、原告の被告国に対する予備的請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、すべて理由がなく棄却すべきである。

第三訴訟費用について

よって、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍前三郎 裁判官 細川清 裁判官吉本俊雄は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 龍前三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例